先ほどまで室内に響いていた嬌声に代わり、未だ降り止まない雨音が窓の向こうから聞こえる。
部屋を満たしていた情事特有の密度の濃い空気も、今は雨が運び込んだ湿度の高いただの空気に変わっていた。
ついさっきまでの淫らな時間が空言のようにしん、と静まり返る室内。
気を失うように眠りについてしまった黒子の身体をキレイにしてやり、新しい寝衣を着させた黄瀬は、傍らで寝息を立てる相手を見下ろしながら、色素の薄い髪を手櫛で梳かしていた。
「明日絶対に怒られるっスね」
今夜もまた意識を手放すまで加減なく抱き続けてしまったことを後悔し、どうしても歯止めが利かなくなる自分にダメだなぁと苦い笑いを零す。
「だけど今回は黒子っちが悪いんっスよ」
本人が寝ているのをいいことに、すべての責任を相手になすりつけた黄瀬は、さらに開き直ったようにぶつぶつと黒子に向かって呟き始めた。
「それに人は弱ると精力が増すってなんかで見たっス、てことはオレが悪いわけじゃなくて、これは自然の摂理ってことになるから、それなら黒子っちもオレのこと責められないんじゃないっスかね」
そうだそうだと勝手に自己完結した黄瀬に、突然下から声が掛けられた。
「なら、キミが風邪を引くことを金輪際ボクは許しません」
地を這うような低い声音に黄瀬がビクっと肩を震わせた。
「わっ、黒子っち、いつから起きて‥っ」
恐る恐る聞いた黄瀬に、黒子の鋭い視線が絡みつく。
「キミが耳元でしゃべり続けるから起こされました」
もしかしなくても物凄く怒っているのだろう黒子に、黄瀬はあたふたと慌ただしく動揺した。
「うわっそうスよねっごめんっ、もう一切しゃべんないしっ早く寝よっ!?」
その狼狽えっぷりに黒子はふっと笑みを零し、中指でぴんっと軽く額を弾いた。
「痛っ」
「別に怒ってません、ただこれで風邪引いたらキミの所為なので、その時はちゃんと看病してもらいますから」
そう責めつつも笑った顔がひどく色っぽくて、黄瀬は堪らずに唇を寄せた。
「今日の黒子っちみたいに?」
買わなくてもいい怒りをわざわざ買いにいく黄瀬に、黒子の眉間がピクっと動く。
「なんてそれは冗談っスけど、オレ以外にあんな無防備なのはダメっスよ」
慌ててフォローに走った黄瀬の様子に、黒子は呆れたように溜息を付いた。
「キミ以外にするわけないでしょう」
その言葉が思った以上に嬉しくて、黄瀬はふわりと笑う。
「そーっスね]
「まぁたとえキミが凍死したとしても、もう二度としませんけど」
「それは悲しいっスね」
そう言いながらも微笑む黄瀬に、同じように黒子も目を細め、再び襲ってきたのだろう眠気にゆっくりと瞼が閉じられた。
伏せられた瞼に再び優しいキスを落として、黄瀬もまた吸い込まれるように黒子の隣りで眠りに付いた。
明日にはきっとこの雨も止んで、眩しいほどの朝日が昇るのだろうと思う。
淋しい気もするけれど、今夜の情事など思い出せないほど爽やかな朝が来ればいい。
そうでなければ飲み込まれてしまいそうで、たまらなく怖くなるときがある。こんなにも好きで、こんなにも欲しくて、片時も離したくないほど傍にいたくて、怖くなる。
だから、そんな感情に飲み込まれて溺れてしまわないように、悔しいくらいの澄み切った空が、明日は広がっていればいい。
- End -