侵蝕

過去に繰り返された情事を思い返せば、

それは本能の赴くまま、まるで獣のように貪り合うだけだった。

 

朱い舌が身体中を這い回り、舐め尽くす。

肌を滑る指先が性感帯を探り、掴み、扱き、奥まで突き立てられる。

 

口に含まれる淫猥な水音が部屋中に響く頃には、洩れる声を我慢できず両手で唇を塞いだ。

けれど下から伸びた手がそれを強引に引き剥がし、劣情に濡れた嬌声は余すところなく相手の耳を喜ばせた。

 

意識を手放すほどの快楽に身を委ね自ずと四肢を開けば、

満足そうに笑う瞳が艶やかに光って、背筋がゾクゾクとした。

 

両手で腰を強く引き寄せられ、期待にヒクつく後孔。

そこを太く長い楔で貫かれ、悦ぶ身体に時間を掛けて躾けられた。

 

相手の思うままに揺さぶられてもなお、快楽の海に溺れるだけで、

蹂躙されるだけの凌辱的な行為に、自ら身を投じていた。

 

それは黄瀬と言わず、黒子と言わず、気が付けば互いが互いを飽くことなく渇望し、

欲するがままに求め、夢中になり、我を忘れた。

 

けれどそれは、どこまでいってもただの私通であって、

どんなに激しく求め合っても、性欲を満たすこと以外の行為は存在しなかったし、してはいけなかった。

 

そうでないとこの関係の本来の目的に疑問が生じるからで、

たとえばそれは、唇を重ねるということ。

 

相手への好意があってはじめて官能をそそるそれは、気持ちがなければ何も生まない至極無意味なもの。

黄瀬に対してなんの感情も持っていない黒子には当然不要で、興味本位でもしたいと思ったことはなかった。

 

そしてそれは当然、黄瀬にとっても同じはずで、

だからこそ濡れた吐息が交ざり合うベッドの上でも、唇だけは一度も求められなかった。

 

今までそんな素振りなどまるで見せなかったくせに、どういうつもりであんなことをしたのか。

それも情事の最中ではなく、白昼の構内で堂々と。

 

その状況の違いを、あの人はちゃんと分かっているのか。

それともいつものように、ただの気まぐれだったのか。

 

黒子は再び自分の唇にそっと触れた。

 

もう何度目になるのか分からない。

あのときから思い出すのは黄瀬の唇の感触と、絡められた舌の熱さ。

 

唇を開かせるように親指で顎を引かれ、わずかに開いてしまった隙間から強引に舌を捻じ込まれた。

口内を侵され、キツく塞がれ、流し込まれた唾液を飲み込むまでは呼吸さえも許されなかった。

 

繰り返し角度を変えて重ねられる唇に官能を刺激され、次第に恍惚とする世界。

そして唇がゆっくりと離されたとき、自分でも無意識のうちにそれを惜しんでしまった。

 

どんな顔をしていたのか、しまったと思ったときにはすでに遅く、

その表情を見た黄瀬の瞳が、憎らしいほどの優越感に満ちていた。

 

悟られたのかもしれない。

そう思うと背筋が凍り付いた。

 

これまでも夜を共にするたびに大きくなっていった違和感。

その正体を心の奥底でうっすらと感じながら、ずっと知らないフリをしていた。

 

けれど未知の感情は日に日に黒子を蝕み、

いつしか黄瀬との淫事の中で、無意味だった行為を求めるようになった。

 

それがどういうことなのか、分からないほど鈍くもない。

 

だからこそ、これ以上深み嵌らないようにと必死で抑え込んでいた衝動。

それを黄瀬の手によっていとも簡単に覆された。

 

『この唇が悪いんスよ』

 

それもきっと、戯れの延長で。

 

一人歩きしはじめてしまった感情に迷う心。

今が引き際なのだと、本能がそう警告した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キミとはもう寝ません」

 

そう告げたときのあっさりとした態度に、その真意をはっきりと知ったはずなのに、

それでもまだ、あの人を思い出して疼く身体。

 

関係を断つことですべては解決すると、そう思ったのは浅はかだったのか。

 

あれからたった2週間。

渇き続ける身体はすでに限界に近かった。

 

気を紛らわしたくてやって来た陽の当たる中庭で本を読んでいた黒子は、

雲の切れ目から射し込んだ陽射しの強さに思わず瞼を伏せた。

 

あの人が欲しくて眩暈すらする。

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