廊下で偶然出合ったあの日。
ただの行き過ぎた戯れか、それとも意図でもあったのか、
あの人の様子はいつものそれを逸していた。
閨事の約束をするときにしか興味を示さない人が、
あの日はなぜか、ひどく饒舌だったから。
思い惑う心
あの人にとって欲望の捌け口としてしか存在していない自分を屈辱的だと思ったことは一度もない。
それは自分も同じようにしかあの人を見ていないからで、それ以上でもそれ以下でもなかった。
およそ接点など皆無の二人を繋ぐのは快楽だけを追う背徳行為。
それ以下が存在するのかと言われたら甚だ疑問で、これが不純なのは十分に自覚していた。
己の欲を満たすことだけを目的とした淫らな行為は、愉悦に溺れた非生産的な営み。
その上に成り立っている黄瀬との関係は、黒子の中で最低の部類に位置付けられていた。
けれど、最低だと知りながらもなお、その繋がりを断つことができなかったのは、
黄瀬との情事を色濃く残す身体が、理性を容易く凌駕するからだった。
今までに味わったことのない欠乏感が黒子を日々支配して、
数日と置かずして疼く身体が、日を増すごとにその渇きに耐えられなくなった。
それは思っていた以上に自分の身体が淫らだっただけのこと。
それだけ。
そうでなければこの関係に説明がつかなかった。
他に理由なんて考えられないし、むしろあってはいけないのだと、
黒子は言い聞かせるようにきつく瞳を閉じた。
あの日、強引に唇さえ奪われなければ、
こんな気持ちに苛まれることもきっとなかった。
自分でも理解のできない感情が内に込み上げて、不安定になる。
これ以上深入りすれば自分の首を絞めることになると、
それは何の根拠もないただの予感だったけれど、漠然と心の内に存在していた。
本能的にそう感じながら、どうして全力で抵抗しなかったのか。
その一線を超えたら何かが崩れると、
危険だと直感しながら、どうして許してしまったのか。
あのときの感触が蘇って、黒子は掻き消すように手の甲で唇を拭った。
舌を噛み切ってでも阻止するべきだったと、今になってあのときのことをひどく後悔する。
けれどすべては手遅れで、心の隙間に暗雲が立ち込めた。
あれだけ何度も身体を重ねながら、どうして唇だけは重ねなかったのか。
その理由なら明確だったはずなのに。
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